実大加力実験工学共同研究講座

実大加力装置の実現に向けて

 

 東京工業大学
 実大加力実験工学共同研究講座/ALREM
 特任教授 笠井和彦

 

 

 

1.はじめに

 超高層建物や橋などの大型建設物を支える柱、壁、免震支承のような重要な構造部材は、どの程度の地震までもつかを事前に確かめる必要があります。鉛直・水平方向に地震時と同様な速さで膨大な力を実物大の構造部材にかける実験装置が必要です。そのような「実大加力装置」は、海外で増えていますが、地震大国・技術立国の日本にまだありません。本来なら日本が世界最高の装置をもち、社会の安全・安心の確保や世界の地震工学の発展のため、多くの実験を行っていくべきです。

 

 この考えを共有する企業・団体の支援で、東京工業大学に「実大加力実験工学共同研究講座(ALREM)」が設置され、施設実現のため様々な活動を行っています(http://alrem.jp/)。この講座で設計した大型加力装置(G-Force3D)は世界最高の性能をもち、それを組み込んだ施設の案は、2017年に日本学術会議マスタープランの「重点大型研究計画」として、16倍の競争率から選ばれ、現在も認められています。また、学術会議の推薦により、3年に一度の文科省ロードマップ・予算化の審査が今年予定されています。

 

2.装置概要

 20年間世界一のカリフォルニア大サンディエゴ校(UCSD)の装置を図Iに示します。この試験場では実験の申し込みが多く、利用には1年以上待たなければならず、1/3は日本企業の実験で占められるという状態です。このような海外に実験を依存する状況では、日本の技術開発や研究を積極的に進めることはできません。世界最高の試験機を極力早く実現し、日本の耐震工学と実務を発展させるべきです。

 

 提案しているG-Force3Dを図I右下に示します。水平と同時にかける鉛直方向の力や、引張力は世界一の性能であり、回転もできるので6自由度の載荷が可能です。また、この種の大きな試験装置によくある計測不可能な装置摩擦力の問題を解決したため、計測精度が世界最高レベルです。開放型の形状により、6 x 6 x 7.5mほどの大きな試験空間が確保されます。建設後20〜30年間は世界一の加力能力を維持できるよう計画しています。初期段階の建設は政府資金で行い、施設の運営は民間の非営利組織に委託する案です。また、試験で得た収益は、将来の施設の大修繕、機器の最新レベルへのアップグレードなどに適用することを検討しています。

 

 図IIに示すように、世界には大型加力装置がイタリアに2台、台湾に2台、中国に3台あります。日本のレベルは非常に低く、G-Force3Dが実現しないと、今後も低迷が続くことは明らかで、計画が実施に移されても3年の建設期間がかかります。また、その間にトルコなど他国でも装置ができると聞いております。なお、日本の震動台E-Defenseは、5〜6階程までの建物に対し実際の地震の状況を再現できる世界最高性能の「加振台」ですが、大型建設物の部材に大きな力を強制的にかける「加力装置」として転用された場合、その性能は海外の加力装置に全く及びません(図U)。

 世界最高の加力能力と計測精度のG-Force3Dのパフォーマンスも図IIに示します。G-Force3Dを極力早く実現すれば、形成を逆転して日本の耐震工学と実務を急速な発展の方向に導けます。

 

3.予算獲得を目指した活動

 文科省のロードマップ審査と並行して、以下の活動も行っています。

 

3.1 産業競争力懇談会(COCN)推進テーマ

 大型構造部材の次世代評価法」という課題で、2019年度にCOCN推進テーマに採択されました。リーダーが東京工業大学、コ・リーダーが日本製鉄、サブリーダーが竹中工務店とブリヂストンです。参加企業18社、オブザーバー6社・機関が参加し、多数の大学の研究者がアドバイザーとして参加しています。

 建設物と構造部材の地震等による挙動をシミュレーションして安全性を評価する方法(特に応答・損傷シミュレーション)の改善のため、大型の部材実験や、大型建設物の高密度モニタリング、シミュレーションの専門家育成などを検討するもので、結果を大臣クラスの方々に報告します。これにより実験の重要性が示され、G-Force3Dの説得性が増すと考えられます。

 

3.2 大型加力施設コンソーシアム

 G-Force3Dの実現について49の企業・機関から賛同を頂き、G-Force3Dの技術的検討、予算獲得の検討、建設後の運営方法の検討を行うコンソーシアムを昨年10月に設立しました。ロードマップ審査に向けて、現在活動しています。施設実現後は、東京工業大学および国内の大学・研究機関がコンソーシアムへの専門的協力や共同研究を行うことを想定しています。

 

3.3 委員会・社会啓発活動

 近年の免制振製品の検査偽証問題に対し、技術・製品の信頼回復と健全な普及へと導く検討を免震構造協会(JSSI)が行っています。この一環として、大型加力装置の実現の検討も行われており、笠井らが参加しています。

 2018年8月、イノベーションジャパンにVR動画も含んでG-Force3Dの展示を行いました。展示ブースに2日間で400名程の一般市民が来場し、その多くは、地震大国日本に大型加力装置がない現状に驚きを示し、装置の実現に対し賛同して頂きました。

 2019年1月、日本学術会議土木工学・建築学委員会は「免震・制振データ改ざんの背景と信頼回復への道筋」と題したシンポジウムを開催し、笠井も基調講演を行いました。参加者約390人の殆どが施設実現に賛同しました。

 

3.4 実大・縮小実験による寸法効果の検討

 大型装置のない日本では、同じ形で縮尺を小さくした「縮小試験体」を用いて実験しています。しかし、「大きいものほど脆く壊れやすい」という周知の寸法効果があり、縮小の実験から実際の、実物大の部材の破壊は精確に予想できません。「なぜ実大部材の加力実験が必要なのか」を実際に実験で示すことが大事であるため、鉄筋コンクリート部材、鉄骨部材、免震ゴム支承について、海外施設も用いて実大・縮小実験を行っています。

 

4.おわりに

 産業面でも、学術面でも極めて価値の高いデータがG-Force3Dから得られます。安全・安心、レジリエントな都市・建物という、国民の期待に応えることのできる、日本初の大型加力装置です。

 G-Force3Dの実現に向けた様々な活動により、賛同する企業・機関が多くなり、実現への機運の高まりを感じています。

 

 

図T. 米国・中国の動的試験機および提案する試験機G-Force3D

 

 

図U. 国内外の動的試験機の比較